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2017年7月 4日 (火)

お堂での念仏

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麓を歩いていると、集落の外れでお堂を見かけることがよくある。

お堂の名は様々だが、薬師如来さん、お大師さん、地蔵菩薩さん、大日如来さんなどの像が安置されていて、昔から大切にされていた。

大きなお堂では畳が敷かれ、座布団を置いているところもあって、集会場のようになっている。

そんなお堂では年に一度の法要や、あるいは毎月年配の女性たちが集まったりして、百万遍念仏数珠繰りが行われたりしている。

唱える念仏は「南無阿弥陀仏」や「南無大師遍照金剛」や「南無釈迦牟尼仏」など宗派によって異なるようだが、いずれにしても、無病息災、後生安楽を祈る。

念仏を唱えるときはなにも考えないが、ときには亡くなった親しい方を偲び、過ぎて行く時を忘れるためにその一心で唱える。

念仏が終わるとその後お茶会を開き、お年寄りたちの賑やかな世間話が始まる。

そんなお堂だが、ときに使われていない古いお堂を見かけたときは、胸が締め付けられたりするのです。

どんな人たちがここに集まって念仏を唱えていたのだろうかと…。

そのお堂のある集落のほとんどが、廃集落かもしくは無住集落で、人の姿はない。

しかし、お堂が使われなくなっているのは廃集落だけではない。

そういう風習が無くなってしまった集落もあるようで、なんとなく昔から受け継いできたその地域における伝統的な宗教観が、失われつつあるのかななどと思ったりしている。

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