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2017年6月

2017年6月30日 (金)

夏の草叢

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個人財産、利害得失だけにこだわり、ひたすらマイホームの無事安全を願う現代人のケチくささ。

卑しい。

人間本来の生き方は無目的、無条件であるべきだと思う。

死ぬのもよし、生きるもよし。

それが誇りだ。

ただし、その瞬間にベストをつくすことだ。

ー岡本太郎ー

命を惜しむな、お金を惜しむな。

究極の断捨離は金も棄て、命も棄てる。

ほんなー、むちゃくちゃですがな。


キリギリー  チョン  チョン

スィーッ  チョン 

散歩道の草叢で鳴いた。

いよいよ夏がやって来ました。

2017年6月29日 (木)

そうなんだ

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ある本を読んでいて、強いショックを受けた。

人は種の保存が済んだら、生物学的には必要がなくなる。

その年齢は50から55歳。

50歳以上になると、もうあなた、生きていなくていいのよと云ってるのだ。

そういえば、川を遡るサケなんかはオスもメスも卵を産んだ後は潔く死んでゆく。

昔の人の平均寿命が50歳だった頃もあった。

退職年齢が55歳という時代もあったなー。

遺伝子学的にもちゃんと体の機能を保障してくれるのは50から55歳、それ以上になると、自分で自分を護る努力をしないと保障はない。

なので、55歳以上の体は人によって個人差が大きく開いてくる。

生物学的に必要のない人々は、じゃあ、なにをするんだということになるが、それも個々の問題ということ。

生物学的な本能は引き続き必要だが、本能以外のところでの活動の、より積極性が求められているのかもしれない。

ところがだ、動物本来の持つ本能はコントロールできないからやっかいだ。

いいかげん高齢になっても本能を爆発させてしまう人が増えているというわけだ。

難儀だねー。

2017年6月28日 (水)

蜂蜜

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山へ行くと、麓の集落から延びる林道の崖っぽい斜面の上に、ミツバチの巣を見かけることがよくある。

小さな木の箱かもしくは丸太をくりぬき、その上に板を被せている。

下の方に薄い隙間があって、そこからミツバチが出入りしているが、花の季節になるとわんさ集っていて、ちょっと目には怖いのだが、実際にはミツバチはおとなしくて、心配はない。

その巣箱に棲んでいるミツバチが西洋ミツバチなのか、それとも日本ミツバチなのかわからないのだが、最近、日本ミツバチはとても少なくなっているらしい。

原因は採れる蜜の量で、日本ミツバチは一つの巣に数千から2万匹。

西洋ミツバチは数万匹。

蜜は西洋ミツバチが日本ミツバチの数倍採れる。

また西洋ミツバチは定着性が高いが、日本ミツバチは環境が悪くなると丸ごとトンズラするそうで、飼いにくい。

しかし、採れる蜜は、西洋ミツバチに比べて日本ミツバチはおいしくて、一度食べるとやめられなくなるそうな。

高価だ。

こなた1200円、方や7300円と6倍もの開きがある。

貧乏人には手も足もでないが、焼き立てのトーストにタラリとかけて、食べるとおいしいだろうね。

うーん、よだれがでる。

2017年6月27日 (火)

恐るべし10代

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卓球の張本選手や将棋の藤井四段の活躍が素晴らしい。

まだ14歳だ。

うら若い子どもたちの輝くような姿を見ていると、爺さんも嬉しくなる。

婆さんとて、藤井四段の扇子やファイルを手にして、弾けるような笑顔でテレビ画面に映っている。

しかしなんですね、時代は確実に若者の手にバトンタッチされてますねー。

老兵は早く消えねばなるまいて、そういう運命だとつくづく感じた。

藤井四段はAIの将棋界第三期申し子だと云われている。

第一期が羽生三冠、将棋のデータベース化による活用が活発になる。

第二期が渡辺明竜王で、地方の棋士の若き卵たちが全国の棋士たちと自由にネット上で戦えるようになった。

そして第三期は、優秀な将棋ソフトが開発され、新しい棋風が次々と生まれるようになってきた。

いまやプロの将棋棋士もAIによる将棋対戦に負ける時代なのだ。

プロの打った手にミスはないという。

それなのに対戦が終わると、負けているのだ。

負けた原因がわからないらしい。

AIはそこまで進んでいる。

将棋の世界だけではない。

医療、株相場、経営ノウハウ、人材の雇用、建築、教育、食料、軍事、航空、宇宙、産業などなど。

おかしくすると政治の世界まで。

政治家の演説内容や、質疑、会話内容などをコンピューターで読み取り分析してもらうと、その政治家がどういう政治家か、また国民にとって信用できる人物かどうかがわかる。

大嘘をこいているかどうかすぐにわかる。

恐ろしい時代がやってきた。

そんなAIを駆使して勉強をする若者が次々と育ってきている。

老兵は早く去れ、いつまでものんべんだらりと生きていてはいけない。

それなのにシャシャリ出てきて大昔のことをいつまでもくどくどともっともらしく講釈をたれる輩がいる。

弊害なのだ。

誰とは云わない。

2017年6月26日 (月)

どうにも止まらない

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第30期竜王戦、増田保宏四段対藤井聡太四段の対戦が朝10時から始まった。

先手は藤井四段、先手有利と云われる将棋だが、強さに加え、先手になった藤井四段の運の強さ。

延々11時間25分、ネット生放送にくぎ付け。

写真は観戦していて、ここから藤井四段が優勢になったなと思った一瞬の指し手でした。

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下側が先手藤井四段で、2二歩を打った場面。

左増田四段長考のときに席を外した藤井四段、このあとお昼ご飯になった。

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お昼はキムチうどん、夜はわんたんめん、わんたんめんは即売り切れ。

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午後9時25分、増田四段投了の瞬間。

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増田四段の2八角打ちに続いて藤井四段の3八飛打ちで投了。

一手一手、食入るように見続けた結果、夕方には頭痛がしてきた。

歴史的な一日をずんやり楽しみましたが、正直、疲れました。

本人たちどうもないのだろうか?

2017年6月25日 (日)

スケベは死ぬまで変わらん

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努力の努という字、長い間、次のように理解していた。

努を分解すると、女、又、力、その意味するところは女性が出産するには大変な痛みと苦しみがともなう、だから努力の努なんだよと子どもの頃に教えられた。

誰に教えてもらったのか、記憶にない。

怒るこれも分解すると女、又、心となって、なぜかわからないが、だから怒り心頭なんだよと教えてもらったのをそのまま鵜呑みにしている。

なんだか随分と下品だが、子どもってこういうことをすぐに覚えてしまう。

それが馬鹿げた教えだったことが最近になってわかった。

努も怒りも、漢字の語源は違うところにあった。

三つに分解してはいけない、二つだ。

奴と力、奴隷が力仕事をする、もしくは力いっぱい働くという意味だった。

そして怒るも奴と心で、奴隷の心境を表した字だった。

正しく理解するのに60年近くも要した。

スケベな子どもだったが、いまもやっぱりスケベだ。

2017年6月24日 (土)

オットットー

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人は必ず死ぬ。

いつか死ぬ。

生まれるときはみんなオギャーと泣いてお母さんのおなかから産まれるが、死ぬときはそれこそ千差万別。

いつのことなのか、どうなって死ぬのか、死んだらどうなるのか誰にもわからない。

そし旅立つときは一人だ。

コワイ。

一人になると寂しい。

いつかだれか偉い人が、考えた。

キリスト様がみてくれてるよ。

アッラー様が一緒だよ。

お釈迦様が導いてくれるよ。

八十八か所巡りの旅は、一人じゃないよ、お大師様が同行してらっしゃる。

人は最後の瞬間まで充実した人生がすごせるよう宗教を生み出した。

だから空想の、観念の世界といってもいい。

だが、そんなことをいってると、あんたは寂しい人だねと云われる。

そうかもしれない。

2017年6月23日 (金)

串ヶ峰

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梅雨の晴れ間を狙って、串ヶ峰へ。

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岩場から眺める展望は抜群なんですが、ここへ這い上がるのに一苦労。

急斜面で、四つん這いで樹木を掴みながらなんとかたどり着く。

沓掛山と笹ヶ峰の吊り尾根の向こうに石鎚山が見える。

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オオヤマレンゲ別名貴婦人、今年も見ることができました。

感謝…

2017年6月21日 (水)

ウスノキ(コヨウラクツツジを訂正(6/24))

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歌丸師匠が誤嚥性肺炎に罹ったが、体力回復と免疫力を高めるために食事を見直した。

から揚げを生まれてはじめて食べた感想は、「こんなにおいしいものをなんで食べなかったんだろうね」だった。

小さいころ、家で飼っていた鶏を台所で潰すのを目撃した。

首を刎ねられた鶏が、土間をトトトトーと走って、コロンと倒れる。

可哀そうな鶏、夕食の鍋になっていた。

食べられなくて箸も持たずしばらくジッと俯いていたが、空腹に耐えられなくて一口食べた。

美味しかった。

しかし、飼っていた鶏に悪い気持ちがして、止めてしまった。

夕食はその一口だけだった。

寝床に入って布団を頭から被り、庭で遊んでいた頃の鶏を思い出したり、おいしかった一口と、空腹とがごっちゃまぜになってしまった。

それがトラウマで、鶏肉は苦手になってしまったが、いつの頃からかおいしくいただくようになっていた。

その後、手を合わせて、残さずいただくようにしている。

感謝の気持ちを込めて。

2017年6月20日 (火)

マイヅルソウ

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一見大人しそうに見える爺さんも婆さんも、一皮むくとヒヒがつく。

若いおねえさんがいると、無意識に傍へ近寄ろうとする。

こういうのをヒヒジジイという。

焼肉をふんだんに食べて、血色よく膚艶々の婆さんは、やっぱり男は若いのがいいわねぇ~などとほざく、こういうのをヒヒババアという。

そして開き直る。

イイ男が好きで何が悪い。

若い男にはなにかと親切だが、ジジイには鼻先であしらう。

どっちもどっちだが、それでいいんでしょうよ。

好きなことをして遊ぶのが一番の幸せなんですから。

しかし、下品なことはやっぱり控えたほうがいい。

最近、60を超えたいい年こいたじいさんが、ストーカーしたり、痴漢したりして捕まっている。

こうなるとヒヒジジイではすまない。

エロ爺だ。

しかし、エロ爺はいるけど、エロ婆はいないな。

爺よりも婆の方が節度があって、現実的なんだろうなと思いがちだが、たぶん、体の構造の違い。

それなんだろうよ、きっと。

2017年6月19日 (月)

ツマトリソウとイワカガミ

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朝から夕方近くまで山を歩いても、体重はいっこうに減らない。

途中でバテないように、熱中症に罹らないように、スポドリを飲みながら歩いたり、ちょこっと足を止めてはお菓や飴で糖分をとったりするので、減るどころか、帰宅して体重計に乗ると増えたりしていることがある。

歩くだけの運動量では体重はおいそれと減らないらしい。

将棋の藤井聡太四段が連勝記録を伸ばしている。

ただいま27連勝、28連勝タイ記録をかけた大一番は21日に澤田六段と行われる予定だそうだ。

澤田六段は強力な対戦相手らしい。

わくわくしますねー。

ところで、将棋一局の対戦時間は長い。

数時間で終わる場合もあるが、持ち時間が長いものだと10数時間とか、2日かかることもあるので一概には言えないが、一局で体重が2~3kgも減ることがあるそうだ。

脳のエネルギー消費はすごいのだ。

これからのダイエットには、将棋とか囲碁がよさそうですね。

ところで将棋がダイエットにいいのなら、ゲームはどうなのと思うのですが、スマホで長時間やってる人見かけますが、いやいや、結構太ってる人多いわー。

もしもゲームで痩せられるんなら、麻雀屋にパチンコ屋さんなどは大はやりだわ。

脳の使い方とか集中力が違うんでしょうね。

2017年6月18日 (日)

どもならんヤツ

    
今日は西寒峰の西尾根から取りつき、西寒峰ー寒峰ー寒峰台地ーマドの天狗へと歩き、高野へ下った。

Simg_1505               西寒峰手前から眺めた天狗塚方面の風景

西寒峰へ登ったのはいいが、そこは住吉神社から上がってくる一般登山道と合流するものと思い込んでいた。

ところが違った、合流しない。

一般登山道は西寒峰の頂上を東にそれて巻いているのだ。

何度も住吉神社から歩いたことがあるのに、知らないでいる。

わし、ええ加減でずさんな人間だ。

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ええ加減な人間は同じことを何度やっても懲りない。

寒峰で一息いれたあと、台地へと下ったが、尾根を間違え、慌てて修正した。

前回もここ同じ地点で、尾根を間違えてしまったが、そのときは北への尾根へ迷い込んだ。

今回は南西への尾根に迷い込みそうになった。

ええ加減な人間ばっかりでも、クソまじめな人間ばっかりでもいかんのやが、アホもおれば賢いやつもおる。

スポーツバカもおれば、働きバチもいる。

世の中、それでちょうど釣り合っているのだ。

Simg_1550                  
高野のバラのアーチのある登山口をくぐって、あーちんどかった。

ええ加減な人間は、どうにもならんため息のでるようなダジャレを言って、しごく喜んでいるのです。

2017年6月17日 (土)

シコクシラベ

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どんなヘビースモーカーもお医者さんに命にかかわるから「止めんかい」と云われれば止めるらしい。

しかし、それでは遅い。

命にかかわるような病気になる前に止めんかいと思うのだが…。

医者に云われて止める人は①死ぬのが怖くて止めるか、②そうか治ったあとのことを考えて止めるか、③それとも、医者に叱られてびっくりして止めるかのいずれかだろうが、②は冷静すぎるし、③はキモッ玉がちょんますぎるし、とするとたぶん①だろう。

こらっ!

止めんかい!!

なぬ!おまえは医者やないやとー、ウヌヌヌー


モミの仲間のシコクシラべが残っているのはここ石鎚山(天狗岳から二ノ森にかけて)と剣山(剣山から一ノ森間)、笹ヶ峰のわずかなところだけだと云われている。

石鎚山ではよく似たウラジロモミが土小屋近辺で森を形成しているが、ウラジロモミは標高が1000m以上のところで、1700m以上になるとシコクシラベにかわる。

2017年6月16日 (金)

ミツバイワガサと瓶ヶ森

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人間もだが、風景でも相性というのは結構大事だ。

人には心の風景の中で定着した固定観念というものがあって、山でいえば、剣山と次郎笈、牛の背と天狗塚、西赤石山と東赤石山、筒上山と手箱山などなど。

ここ石鎚山も弥山と天狗岳は切っても切り離せない。

また西に聳える二ノ森や、東に聳える瓶ヶ森も石鎚山には欠かせない存在だ。

山だけではなくて、花と風のように風がなければ花は揺れない。

海と風、これも絶妙な相性で、風は大きくて白いウェーブをつくり、岩に打ちつける波をつくる。

平原を走る動物たちもそれぞれがあってはじめて素晴らしい景色を醸し出しているように思う。

自然の相性はうまくできている。

一方人の相性はどうだろう。

「馬には乗ってみろ、人には添ってみろ」という諺があるとおり、なかなかに繊細で機微、やってみなくちゃわからない。

うーん、下品といえば下品だな。

ミヤマダイコンソウ

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日本人の食事はお米が主食と決まっていたし、そう思っていた。

ところが最近、とんとご飯を食べなくなってしまった。

食べると太るからだ。

ご飯をお茶碗に一膳毎食食べると確実に肥える。

ジワリっと、半年で1kg以上、1年で2kg~3kgも。

だから止めた。

パンも減し、炭水化物は極力摂らないようにした。

そのおかげで、いまは太りもせず、減りもせず維持できている。

日本食を食べず、牛乳やチーズ、ヨーグルトなどの乳製品、卵や肉、魚、大豆製品が増えた。

食事が西洋化すると大腸がんに罹りやすいと云われた時代があったが、いまはそんなことを云う人はいなくなった。

たんぱく質を積極的に摂り、牛や馬のようにゆっくり草をはみ、果物を鳥のように突っつき、ウニやアワビのように海藻を食す。

いつのまにか、日本人の食に対する考え方がすっかり変わってしまったようだ。


今日はミサゴが川にダイビングし、魚を捕らえるシーンを見た。

滅多とない瞬間だ。

なにかいいことがあるかもな~♪

2017年6月15日 (木)

カラス天狗

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石鎚山、弥山・天狗岳へ寄った後、西ノ冠岳下の通称お花畑へ行ってみた。

7年ぶりだ。

この時期に咲くユキワリソウがお目当てだったが、丁度、満開。

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キバナノコマノツメもほんの少し愛らしい花を咲かせていた。

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帰りに新しくできたトイレと休憩所に寄った。

あじゃじゃ、どちらも有料じゃった。

代金はお気持ち程度と書かれていたが、財布丸ごと持ってきていない。

弥山の神社でのお詣りをどうしたと訊かれると困ってしまうが、持ってきてないものはどうしようもない。

バチ当たりな人間なのです。

おしっこは止めた。

土小屋のトイレまでなんとか持ちこたえることができました。

次からは財布を忘れないようにしよう。

石鎚山のお山開きが近づいている。

道を整備したり、丸太小屋を組み立てたり、お山はなんとなく忙しそうでした。

2017年6月13日 (火)

疫痢になる?

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おやつに牛乳とナッツをちょくちょく食べている。

ナッツのなかにバナナチップが混ざっていたりするのがあるが、これが甘くておいいしいのだ。

ところが最近、ココナッツオイルで二度フライしたバナナチップに目覚めた。

これがカリッと香ばしくて、甘いくておいしい。

ハマってしまった。


むかし、バナナは高級果物だった。

普通の家庭では房丸ごとは買えなくて、二本とか三本を買うのが精いっぱい。

子どもたちはバナナが大好きだった。

必ず親は子供に、一本食べると疫痢になるぞ、といって脅し、半分だけを与えていた。

疫痢に罹ると下痢が止まらずに死んでしまうぞ、とも云われた。

ところが世の中だんだんと変ってきて、バナナは最も安い果物の一つになってしまった。

バナナチップを食べるたんびに、疫痢・バナナ半分を思い出す。

そんな時代があったのだ。

2017年6月12日 (月)

八巻山

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朝までぐっすり、枕カバーはヨダレでぐっしょり濡れて、みているのかみていないのか、わからないが、普段、夢など一切記憶に残っていない。

ところが、年がいって、夜中にションベンに行くようになった。

それが長い。

寝ぼけ眼がだんだんと眼が冴えてきて、再び布団に潜り込んでも寝付けなくなることが増えた。

それと同時に、見たこともない夢だったが、よく夢をみるようになった。

大概は、人様に言えないような若いころの恥ずかしいことが多いのだが、今回は中学生の頃に教えてもらった先生が出てきた。

教壇で、竹棒を振りながら「ヨーニキイトレ モッカイ ユーゾー」「オイ ソコノアカンタレ モッカイ ヤリナオシ」

モッカイ先生というあだ名がついていた。

もう一人の先生は「コレハ カナラズ テストニデル ダイジダゾ モッペン ユーカラナ」

モッペン先生と云われてた。

当時の授業は田舎言葉丸出しの授業だった。

黒板に書く字の書き順なんか、国語の先生以外はめちゃくちゃだったが、誰も気にする人などいなかった。

おおらかな時代に育ったものだと思ってるが、いいかえればええ加減な人間でもあったわけだ。

それがどーしたといわれるような、ゆる夢でした。

2017年6月11日 (日)

セルフネグレクト

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ある日を境になんにもする気がおきなくなってしまって、生活感がまったくない人のことを指す。

ある日とは、一緒に生活していた身内の死亡、もしくはそれまで元気に勤めていた会社をリストラされてしまったなどなど。

生きてゆ活力もしくは希望がなくなってしまったということなんでしょうが、家の外も内も荒れてしまって雑草やゴミなどが散らかり放題。

これって、他人事ではないなと思った。

もともと生活にはだらしがないほうで、できたらなんにもしたくなくて、食事は外食でもかまわないし(お金がないのでそれができないだけのこと)、掃除もイヤ、片付けもイヤ、洗濯も邪魔臭い、しなくてすむならなどと思っている。

もしも、仮に、いま妻がいなくなったら、そうなる可能性が高い。

それともイヤイヤながらなんとかするんだろうか。

しかし逆に、わたしが先にあの世へ行ったら、妻はセルフネグレクトなんかにはならない。

やつは、活き活きと生活するに違いない。

なんだこれは、ひょっとしてわし妬んでるのかな。

男って女々しいね~。

女は子どもを産む機械だなんて言ったやつがいるが、男って結局は種馬でしかなかったんじゃねーかなー。

実にくだらない。

2017年6月10日 (土)

固い蕾

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久しぶりに東赤石山を歩いた。

前回、いつ登ったか覚えていないが、そろそろタカネバラやオオヤマレンゲが咲くころだ。

ところが、遅れているのだろう、タカネバラなどは蕾も見えなかった。

オオヤマレンゲはかろうじて固くて小さな蕾がついていた。

山頂からキバナノコマノツメクサやシライトソウ、ユキワリソウの咲く八巻山を経て、赤石山荘へ下る。

赤石山荘ではご主人さんが屋根に上りペンキ塗りの真っ最中でした。

途中、沢で休憩したりしながら下っていると、渓の向こうからガツーンガツーンと岩を叩くような音が聞こえ、ガラガラガラーっと崩れていった。

音がするところは人が歩くようなところではなく、急峻な崖。

カモシカかと思ったが、そうではない。

一緒に歩いていた佐々連さんの話によると、どうやら石の調査をしている学生さんのようだった。

大きなハンマーで岩を打ち砕いている音だ。

それにしても、獣も歩かないような急峻な山奥で、一人で黙々と研究をしているとは…。

凡人にはできないことですねー。

2017年6月 9日 (金)

老残の一日

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ゴロゴロと一日中畳に寝そべって、図書館で借りてきた本を読んだ。

あっちにごろんこっちにごろん、たまにのそっと起き上がってお茶か紅茶を飲む。

そしてまた寝そべる。

アザラシかオットセイか、いやそんなご立派なものじゃない。

モゾモゾ動く芋虫だ。

お昼ご飯にもぞっと起きて、もそもそ食って、また寝そべる。

寝てしまった。

起きたら、くしゃみして鼻汁が出た。

一冊読んでしまったので、二冊目を読みだした。

また、うとっとして、妻の叫び声で起きたら晩御飯だった。

お風呂に入って、いまパソコンの前に座っている。

こんなんでいいのか。

いいのだ。

テレビのスイッチを入れた。

蚊にワンプッシュスプレー!

壁で天井で待ち伏せ。

卑怯だろう。

ムキムキッ!ムフフフー

さて、明日は山だ。

準備して、早く寝よう。

教科書が変わる?

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おおよそ30万年前の現生人類の化石がモロッコから発見された。

これまでの定説は20万年前なので、それより10万年も早い。

科学の世界はとんちんかん、さっぱりわからないが、要するに人類は何十万年もの間、綿々と繋いできたということらしい。

ミトコンドリア・イヴ説によると、現代のホモサピエンスはアフリカ女性が共通の祖先で、その子孫だという。

最近、ご近所やスーパーで、きわめて足の長い女性たちを見かけることがあるが、肌の色が白というよりはピンク色で、目を剥いてしまう。

膚も容姿もあまりにも日本人とかけ離れており、正直気持ち悪いのだ。

とても祖先が同じとは思えない。

彼らも私たちを見て同じ思いを持っているかもしれない。

あまりにも手足が短く、黄色い、その姿を見て、えええーって思ってるだろうに。

まあ、性格や文化や習慣は容姿や膚とは無関係なので、どうってことはないけれど、共通の祖先とはねー、信じられない。

しかし、30万年って…、もしも文字があったならば、人類がどういう生活をして、どういう歴史を刻んできたかわかるのにねー。

文字がない時代っていうのは、化石に頼るしかない。

むかわ恐竜のように、新しく古い化石が出てくるたびに教科書が書き替えられるようだ。

2017年6月 7日 (水)

アカテガニ

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あわてて撮ったためにピンボケになってしまった。

このカニ、幼生の頃は海だが、生涯のほとんどの時期を陸上で生活する。

7~8月の大潮になると産卵のため、海岸に集まりメスが体半分海に浸り、体を震わせながら卵を海に解き放つ。

なので比較的海岸か近いところで生息しているが、自宅近辺の山で見かけたりするので、その距離はかなり離れているようだ。

自宅から海岸まではおおよそ2km半から3km、産卵時にはどうやって海岸まで行くのか。

自宅前が川なので、そこを辿って海へ下るのだろうが、自宅と川の間には車の往来の激しい車道がある。

暗渠の溝を伝っているのかもしれないが、観たことはない。

海で育って、成長して帰ってくるカニはゴクゴクわずか、貴重な個体なのだ。

小さな体で3km近くも歩いて、君はえらい!

2017年6月 6日 (火)

短気は損気

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中央線が追い越し禁止の黄車線、対向車がはみ出して向かってくる。

頭がカーッとなって、相手に聞こえるわけないのに、バカヤロー!

四つ角で左に曲がろうとした。

前方から走ってきた車が、止まらずに右折してきた。

アブねーじゃねーか!ドアホカー!

ブチ切れて、怒鳴る。

最近、運転していてやたらとこんなことが多くなった。

短気で、イラついたり、口汚く怒鳴ったり、昔はこんなんじゃなかったがなー。

歳がいって、短気になる人は認知症になりやすいと云われている。

そういえば、右手でトンカチを持って叩きながら、同時に左手は空中に浮かして水平にスリスリするゲームがあるが、できなくてイラつく自分がいる。

ピアノなんか両手で弾ける人はすごいと思う。

きっと生涯呆けない人なんだろうなー。

なぬ、関係ない。

あ、そー。

2017年6月 5日 (月)

花菖蒲

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人間て、苦痛の場合はなにくそと思って跳ね返すことができる。

ところが苦悩の場合は跳ね返せなくて、深みにはまってしまう。

苦悩が大きければ大きいほど、ますます離れることができなくなる。

いつまでも続く。

そして耐えられなくなる。

解決する方法はいくつかある。

もっともよい方法は、問題を解決しようとしないことだ。

どうせ、人間一生の間に様々なことが起きるが、そのうち解決できることなどはほんのわずかしかないのだし。

なーに大丈夫、そのうち呆けてきて、なにもかも忘れっちまうだよ。

最後はお墓の中だわ。

お墓参りに来てくれる人は覚えてくれてるが、なーに、心配ない、そのうち誰からも記憶が残らなくなる。

なぬ、それが寂しいだと、ふん、甘ったれるんじゃない。

みんなそうなのさ。

2017年6月 4日 (日)

タイサンボクの花

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腰部脊柱管狭窄症を患うと、腰が重くなり、足にしびれが来て歩けなくなる。

重症化すると立っていられなくなる。

これに罹った先輩、病院に行ったが、治らないと云われた。

その後、藁にもすがる思いで、狭窄症ストレッチを毎日2回実行しているうちに腰の痛みも足のしびれもとれ、歩けるようになったといって喜んでいた。

手術しても治らない難病が、ストレッチ体操で治ることってあるんですね。

今日はその先輩と自転車で津島さんへ。

境内ではタイサンボクの大きな白い花が咲いてた。

2017年6月 3日 (土)

梅雨入り前の暑い一日

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手をしげしげと見つめる。

日焼けして赤黒い手の甲は、歳の所為で皴がいっぱい。

抓むと皮は一ところに寄り、抓んだ指を離しても元に戻らず、いつまでも皴になったままだ。

もう一度抓み左右上下に引っ張っると、皮は薄く伸びて、引っ張る方向についてきて、骨の上を行ったり来たりする。

腕の皮も同じだ。

いつのまにかってな感じだが、一年一年、皴は醜くなっている。


讃岐三白の一つ、綿。

今日はわたの街豊浜をあちこちと歩いてみた。

昔はわたが多く栽培されていたが、いまはその面影はなく、水田になっている。

丁度、田植えが終わったところだった。

2017年6月 2日 (金)

優柔不断

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お墓掃除に行ってきた。

誰も入っていない空っぽの共同墓地にあるお墓。

先々どうなるのかわからないお墓。

ひょっとするとわたしが入ることになるかもしれない。

でもはっきりとはわからない。

一部コンクリートの打たれていない雑草の生えるそんなお墓だ。

周囲のほとんどの墓地はこの数年で、雑草など永遠に生えそうもない立派なピカピカのお墓に生まれ変わっている。

お一人お墓をピカピカに磨いている人がいた。

わたしとどっこいそっこいの年齢だろうか。

ご両親のお墓だろうか、それとも先々に備えてのご自身のお墓だろうか。

昔の墓地は裸地に土が盛られただけの粗末なお墓だったが、時代とともにお金がかけられだんだんと立派なものに変っていった。

いまでは玉垣に玉砂利だ。

うーん、どうするべー。

右に倣えで、自分の死後に備えて雑草の生えないピカピカのお墓にすべきなのか、それともお墓代を残して、家族に任せるべきか。

この優柔不断さは死んでも直るまいて、それだけは自信を持って言える。

30分ほどでお墓のまわりの雑草を刈り終えた。

綺麗になりました。

雑草が生えるお陰で、ときどき見に来ることができる我が家の墓地なのでした。

2017年6月 1日 (木)

変な天気

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薄日が差しているので一応晴れてるのだろうが、空気が湿気ってるためか景色が白濁している。

いつも見えている雲辺寺山は真っ白で、ガスの中、変な天気だ。

梅雨が近づいてるせいなのだろうか。

自転車で紫雲出山へでかけてみた。

山頂付近はもう紫陽花が咲いていて、きれいだった。

桜の季節には駐車場は満杯になるのだが、わずかにバイクと車が2台ずつ。

紫雲出山を下りて、いつもならUターンして帰るのだが、今日は箱回り。

無理しました。

途中、足が動かなくなって、大浜で休憩、仁尾でも休憩、室本ではとうとうコンクリートの上でひっくり返ってしまった。

帰宅して牛乳をがぶ飲み。

お腹がおかしくなってしまった。

仁尾の海岸では、イソヒヨドリが岩の上でジーッと沖を見つめてましたえ。

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