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2016年4月

2016年4月30日 (土)

それぞれの花たち

Simg_7921_2花にもいろいろあって、一年草などはその年に花を咲かせ、散って実をつけ枯れて消えてしまう。

一方、カタクリなどは根を張って花を一輪つけるのに、7~8年はかかる。

花をつけるかつけないかは一目でわかる。

なぜなら、春になって地上に姿を現す葉は一枚葉、この株はまだ花をつけない。

二枚葉になって初めて花が咲く。

咲き終わると間もなく、葉も枯れて地上から姿を消す。

寿命は長く40~50年。

コマクサは花をつけるまでに10年はかかると言われている。

風の強い斜面の砂礫地に生えるため、根が長く50~100cmも地下に伸びる。

寿命ははっきりとはわからないが20~30年の個体もあるとか。

花一つとってみても、不思議なことだらけ…。

2016年4月29日 (金)

無題

Simg_7743障子をすっと開けると陽の好く入る縁側があって、晴れた日にはそこへ座布団を持ち出して、何かを始める。

たいがいは一人なので、することはなんでもいい。

本を読んでもいいし、うたた寝をしてもいい。

縁側の曲がった奥には厠があって、傍らの小さな庭には吊り下げ式手洗い器があって、南天とヤツデが植えられていた。

縁側からちょいと手を伸ばして、手洗い器の下についているボタンのようなものををチョンチョンと上に押し上げるとシャワーっと水が出たので、それで洗う。

そんな懐かしい家は、もうとうの昔に壊してしまってない。

2016年4月28日 (木)

ヒトリシズカ

Simg_7881_2至福を感じること、それはひとそれぞれ。

試合に勝って「やったー」って思うときがあれば、山頂に登って山頂でひっくり返って青空を眺めながら「あ~、おれって幸せ」って思うときもある。

子どもが産まれて「おー、よーし、これからもこの子のために頑張るぞ」って思うこともあれば、尊敬する人に認められ、感動で「胸がいっぱい」になったこともある。

試験に合格し「資格をとったどー」って思うときもあれば、ある日突然プレゼントされて感動することもある。

小さな至福から大きな至福までさまざまだ。

人生って、その至福をどれだけ感じることができたのか、そのときに自分一人だったのか、それとも感動をともに分かち合った人がいたのか、その思い出の一つ一つがすべてではないだろうか。

至福というものは、辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、寂しいことの裏返しで、それを経験することなくして至福を味わうことは決してないが、たとえ本当に小さなことであっても幸せと感じながら生きることが大切だと思う。

2016年4月27日 (水)

ヤマシャクヤク

Simg_7873昨日、国見山の山頂でフランス人とドイツ人のお連れの方に出合ったが、かれらはきわめて自由でいい関係を保ちながら、日本を旅行されているように思えました。

これが日本人の場合に例えるなら、同じアジア人同士で仲良く外国旅行をしているかどうかってことなんですが、どうなんでしょうね、あまりないような気がするのです。

台湾は別として、特に日本とすぐお隣の中国や韓国とは犬猿の仲に等しいので自然と人々の交流もどことなく疎遠がち。

それに比べて欧州は、ユーロ圏は通貨が同じ、そしてシェンゲン協定を結んでいる国家間はパスポートが要らず、入国無審査で行き来自由。

アジアと比べてヨーロッパはうらやましいくらいに進んでいる。

これだけ国の交流が親密になると、そこに生活する人々も自然と仲が良くなるはずですよね。

ドイツとフランスに代表されるように昔は戦争に明け暮れてた国が、変われば変わるもんなんですね。

わたしももう一時代遅く生まれておれば、せめて台湾やフィリピン、タイ、カンボジアなどあちこちへ出かけて、交流を深めてみたい願望がありますが、問題はやはり家庭の経済力でしょうか。

2016年4月26日 (火)

シコクカッコソウ

Simg_7864お遍路さんに外国人の方がよーさん増えましたが、今日は貸し切りかと思って国見山山頂でゆったり景色などを眺めていたら、大きな図体をぶら下げて、のっそり現れたのは、フランスのにいちゃんと、ドイツのねえちゃん。

ドイツのねーちゃんはドイツ語しかできなくて、フランスのにいちゃんは日本語とドイツ語ができる。

山頂で、日本語とフランス語とドイツ語のレッスンが始まった。

ちんぷんかんぷん。

近くでいい山ないかと尋ねられたので、三嶺がいいぞーって返事をしてやった。

二重かずら橋にも行きたいがどう行けばいいのかって聞いてきたので、三嶺の登山口名頃のちょい先にあるわいのと教えてやった。

mimune?miume?

ノーノー、miuneね。

nakoro?

ノーノー、nagoroね。

どうでもいいけど、二人ともどでかい、圧倒される。

フランスのにいちゃんが、大歩危へ下りるにはどう行けばいい?と聞いてきたので、邪魔臭いので大歩危までのルートが載った地図をあげて説明してやった。

怖かったので(うそ)ついでに三嶺の載った地図もあげた。

そして妻がチーズをあげた。

にいちゃんとねえちゃんが別れ際に、ちずとちーずありがとねと二度繰り返して言った。

なんだ、だじゃれか。

ふん!

しかし、あのルートを下るつもりだろうか。

だいじょーぶか?一緒に下りないかと問いかけたら、だいじょーぶだいじょーぶ、わたしたちもう少し山頂でゆっくり楽しんで下りたいからお先にどーぞ、などとぬかしおった。

さすがは狩猟民族だわい、野山なんか道がなくとも駆け回れるらしい。

農耕民族と違うねーえ。

どうでもええけど、体のつくりが違うわ。

2016年4月25日 (月)

バイケイソウ

Simg_7728ゴキブリといえば…

ゴキブリ体操。

我が家では夫婦揃ってストレッチのあとゴキブリ体操をやってます。

仰向けにひっくり返って、手を上に延ばし、脚を半折にして上に延ばし、小刻みに振ります。

見た目にもゴキブリの断末魔みたいな、妻が横でそれをやっていると、つい叩きたくなる。

一度叩いたところ怒って、「こらお前、わしゃごきぶりやないぞ!」

頭をしばかれました。

<効能は…以下うだうだくどくど…>

ゴキブリ体操では、その位置を一時的でも高く上げることで、下に滞りがちな血流が一気に流れます。
血流がよくなれば、全身の代謝が上がり、肥満の解消につながります。
また、おなかや腰の筋肉を使いますので、下半身のシェイプアップにつながります。
さらにゴキブリ体操は、その姿勢で手足を振動させることによって、抹消の血液循環もよくなりますので、冷え症の人はもちろん、腰痛やひざ痛がある人も改善されていきます。

全身の筋肉の緊張がほぐれて、血流が一気によくなりますので、疲労解消や健康効果に大変役立ちます。


でした。

2016年4月23日 (土)

明日は黄砂が飛ぶらしい

Simg_7502風邪が少しよくなったので、いつもの川土手へ散歩に出かけた。

3日も歩いてないと、土手に生えている草や花など風景ががらりと変わっている。

人をおじない若いヒバリが2~3m先の草叢でちょんちょん遊び、小さな真っ黒な虫が飛んでいる。

まだ数は少ないがツバメもやってきた。

虫で思い出した。

5月に入るとあの嫌われモノのゴキブリが夜中に歌いだす。

ゴキブリ用の小さな家を3~4軒ほど準備しないといけない。

つらつら思うのですが、人間は勝手にゴキブリや虫たちを嫌っているが、人間は地球上のありとあらゆる生き物たちからもっとも嫌われている地球に棲む大きな虫かもしれない。

ひょっとすると地球環境を破壊し続ける人間は、その地球からも嫌われていると思うことしばしば…。

2016年4月22日 (金)

山頂

Simg_7556 

何故、山に行くのか。

何故、山に登るのか。

それには答えがない。

それは、なぜ、人は生きるのかという問いと同じであるからだ。

もしそれにこたえる人間がいるとすれば、それは、何故人は生きるのかという問いに応えられる人間である。

狂おしい。

自分の体の中にある狂おしいもののために、人は、山に登るのである。

頂は答えない。頂を踏んだ瞬間に、天上に妙なる音楽が鳴り響き、しずしずと答えが天空よりもたらされるのではない。

人は頂を踏んで、それからどちらの方向に向かって歩き出せばよいのか。

わかるわけがない。

わかるわけはない。

わかるわけがないから、また、次の山に登ろうとする。

ーエヴェレストー夢枕獏



エヴェレスト?

世界の山?

とんでもない。

ほとんど四国の山、ときたま年に一回か二回、3000mに届くか届かないかの山しか歩いてないけれど、なんとなくわかるような気がする。

やったどー!

頑張ったがー!

ほとほと疲れてはいるが、汗だくで満面の笑顔になってる自分が堪らない。

2016年4月21日 (木)

アケボノツツジ

Simg_7695おかしい、またまた風邪を引いてしまった。

これで今年に入って3度目。

先日、妻がゲホゴホ言ってたが、うつってしまったのか、猛烈にのどが痛い。

おかげで、うつらうつら、今日一日布団の中。

栄養は少し取りすぎで、体重は過去最高。

休養は、毎日日曜日だもんでたっぷりたっぷり。

だのに風邪を引くなんて、ほんとうにおかしいな~。

一句でけた。

悪性の 妻にうつされ 寝込む風邪

2016年4月20日 (水)

民家に咲くシャクナゲとボタン桜

Simg_7588春になってお遍路さんが急激に増えた。

いつもの散歩道、毎日毎日、出合わない日がない。

うるう年の今年、逆打ちされる方多く、3人に一人は反時計回りで歩いている。

なぜか外国人の方が増えていて、なかにはクリスチャンの方もいてるわけで、この間なんかは道行く人をつかまえては「この近くに教会はないですか」

なんて訊いている。

なんで教会なんですかと尋ねると、「今日は日曜日なので、ミサに出席したいのです」

うーん、熱心なクリスチャンは仏教をも見聞し、日々30kmほど歩いて修行も行うわけですね。

そういえば大阪から来てた日本人の歩き遍路の方も、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへ巡礼に行くって張り切ってたわ。

四国八十八カ寺巡りの距離(お寺からお寺への最短距離で約1122km)はありませんが、それでも約800km、一日20~30km、約一か月間歩いて巡礼するらしい。

いまや宗教に関係なく、巡礼流行りの時代らしい。

2016年4月19日 (火)

ヤマシャク

Simg_7527花にはあまり縁がないのですが、それでもあちこちと歩いていると、めったとないことなんですが、偶然にも群生地に出合うことがあります。

まだ固い蕾のヤマシャク。

斜面一面に広がっており、圧倒されましたが、こういうときの心境って不思議ですよね。

早く、みんなに知らせてあげようって気持ちと、いやいや、ゆうたらあかん、同行した者と気持ちを共有して、秘密にしとこみたいな。

子どものころに大きな木の上に枝を組み合わせて隠れ家みたいなのを作ったり、山の中に洞穴を見つけてはドキドキしながら遊んでたことがありますが、友達同士の内緒ごとみたいな、だけど誰かに言いたくて言いたくてうずうずしてる、あの気持ちと同じ。

歳を重ねるほどに、子どもの気持ちに返る。

一方で、だんだんと言葉が浮かばずにボケてきてるような、不安な昨今です。

2016年4月18日 (月)

山村

Simg_7623子どものころから慣れ親しんだ神社。

春祭りがあって、夏には盆踊りがあって、そして秋の大祭があって、子どもたちのためには百手祭りや奉納子ども相撲に七五三があって、ときには境内で芝居や映画が行われたりもして、年がら年中賑やかで活気があった。

神社=お祭り、そんな風に捉えていた時代があったのですが、よく考えてみると、神様を崇拝し、信じ敬い、そして過去を悔い、いまを見つめ、先々のことを誓う。

それこそ気の遠くなるような昔からの慣わしの場になっている。

ところが神社に祀られている日本の神様は、種々雑多、蛇やきつねやタヌキ様がいたり、豪族や貴族、皇族たちの遠い祖先だったり、あるいは山の、田の、海の、石の、木の神様だったり、なかには神社そのものが古のお墓で、そこに葬られた方が神様だったり、まれには遠い国の神様だったりする。

はっきりいって、もうめちゃくちゃで、歴史を掘り下げれば掘り下げるほどに、わけがわからなくなる。

ただ、ひとつだけはっきりしていることは、お米や農作物が生活のすべてだったわたしたちの祖先が、機械も何もない時代に、集落ごとに山や森を開墾し、湿原や荒れ地を田畑に変え、災害に立ち向かい、身内家族集落総出で土地を耕し守ってゆくためには、神社は人間の力の結集の場であった。

神社がなければ、いまの日本はなかったと思われる。

しかし、農林漁業が荒廃した今日、人々の神社への崇拝は次第に影を潜め、すっかり姿を変えてしまった。

それでも、神社へ訪れる人も数もすくなくなってはいるが、暮か元旦には、あるいはお祭りには手を合わせ、その神社に祀られた神様がどなたであっても、お神楽の舞う傍で神妙に願い事をする。

2016年4月 7日 (木)

トウダイグサ

Simg_7428戦争が起きれば、人は苦しむだけなのに、なぜ戦争は起きるのか。

答えは一つしか考えられない。

人間には本能的な欲求が潜んでいる。

相手を絶望させようという欲求が…。

ーアルベルト・アインシュタインー


軍隊は、武器は、核は、ほんとうに戦争の抑止手段になるのか。

それには絶えず相手よりも強い兵力と武器を開発し続けなくてはいけない。

そしてなによりも、本能を自制する、高度な政治と、教育された道徳心の高い国民とがいなければならない。

はたしてそんな国が存在するのだろうか。

日本はいま大きな試練にさらされているような気がする。

2016年4月 6日 (水)

道しるべ

Simg_7375流行というものは、薄っぺらだからこそ普及し、薄っぺらだからこそすぐ消えてしまう。

しかし、一度すたれてしまったのちに思い出の中で美しく残るのは、むしろ軽薄な事物であります。

<不道徳教育講座>ー三島由紀夫ー


わたしのなかで、いつまでも面白おかしく残るのは、やはり下ネタなのであります。

くどすぎるのはいけませんが、ついつい笑ってしまう。

死ぬまで笑い続けるような気がしてます。

2016年4月 5日 (火)

山桜

Sp4050006_2自分で排泄の始末ができるというのが、人間の尊厳なんだけどさ。

この間、ホテルで、両手の不自由な老人が、美女と入ってきて、おチンチンを出させて、用を足して、「終わったぞ」「はい。」、美女がおチンチンを振ってズボンニ納めているのを見ちゃってさ…、いいなァと思ってさ…。

大往生ー永六輔


いいかなあー?そうは思わないけど。

両手が不自由だとどうするかな?

やっぱり、誰かにお世話にならないとどうしようもない、割り切るしかないよな。

2016年4月 4日 (月)

ナガバノタチツボスミレ

Simg_7425戦争が終わって2年後の昭和22年に、空前のベビーブームがやってきた。

どのくらい生まれたかというと、昭和22年267万8792人、昭和23年268万1624人、昭和24年269万6638人、そしてやや落ち着いた昭和25年でも233万7507人、以後昭和27年まで200万人以上の赤ちゃんが誕生し、昭和28年になってやっと200万人を割ったが、それでも約186万8千人が生まれている。

わずかに4年間だけで1000万人以上人口が増えたことになるのですが、これは当時の日本の人口が昭和25年約8400万だったので、おおよそ12%の人口増。

おとろしい数字です。

わたしはそのなかの一人。

因みに戦争が始まったその翌年の昭和17年はこれまた結構出生数が多くて、おおよそ223万人。

よくぞこれだけ産みましたわな。


戦争というものは悲惨で残酷で、異常な世界なのですが、一方で極限まで抑圧されたあるいはそこから解放された人間の旺盛な繁殖欲はこれでもかというぐらいに凄まじいものだったということでしょうか。

団塊の世代としては懐かしくもあり、また苦しくもあり、だけどそれを屁ともおもっていない、ちょっとばかしこっぱずかしい時代の落とし子だったのですね。

2016年4月 3日 (日)

桜並木

Sp4030017善人なほもて往生をとぐ いわんや悪人をや

             歎異抄ー親鸞ー

悪人、そういう人間こそ、阿弥陀さんは待っていてくれる。

ほんまかー!


今日はあちこちで桜祭りに因んだイベントが行われていて、どこも人出でいっぱいでしたが、イベントのないここだけは静か、満開の桜並木の道を楽しめました。

2016年4月 2日 (土)

ありとあらゆる生物は「遺伝子」の乗り物に過ぎない

Simg_7241なんのために生まれてきたのだろう。

そんなことを詮索するほど人間はえらくない。

300年も生きれば、少しはものが解ってくるのだろうけど、解からせると都合が悪いのか、天命は100年を超えぬように設定されているらしい。

なんのためでもいい。

とりあえず生まれてきたのだから、いまの生があり、そのうちの死がある。

それだけのことだ。

ー杉浦日向子ー

なんともいさぎがいいというか、考えても無駄よと言ってるみたいで、さばさばしている。

そうですよね、この答えが言える人は、いない。

2016年4月 1日 (金)

キケマン

Simg_7225_2加藤文太郎の単独行を何年振りかで読み返してみましたが、分からないカタカナがあった。

文中再々出てくるモルゲン・ロートとアーベント・グリューエンの違いってなんなんでしょうね。

モルゲン・ロートは朝陽の光で山が黄金色に輝くさまを現しているのですが、一方のアーベント・グリューエンは夕陽で山が輝く様子かと思ったのですが、どうやら違うらしい。

朝焼けと夕焼け、双方をさして、アーベント・グリューエンというらしい。

それは空と雲が赤く焼けている状態を表現する言葉であって、山が赤くなることとはまた別のことらしいのですが…。

この解釈で合ってるのかどうか???

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